身体オタクのつれづれに,日記 京都|整体院


開業を機にブログ始めたオタクです。
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均等な内圧


昨日最後に来られたのは車の納車でもお世話になったNさん。

移転前からのお付き合いになるので、もう1年半近く月1、2のペースで来室いただいています。
ヘルニア手術の経験があり、疲れがたまるとどうしても重心のバランスが悪くなり、痺れや痛みが出てしまう。

もともと博学な方で、手術を通して体に対する知識も非常に多く、うちに来られている中でも「通の方」

どうしても付き合いが長くなってしまうと、新鮮な感覚で触れなくなってくるので、気をつけているのですが、昨日は劇的に変化してしまいました。

治療中に今までに無い変化があり、立った瞬間に感嘆の声をあげられて、

「こんなしっかりしたのは手術後初めてです!!」

と、

確かにあれくらい体の圧力が整うと、

『触っているこちらが羨ましいくらいしっかりしてますよ・・・』と、(苦笑)

良い状態に向かうときはこちらがあれこれ考えなくても、『あらら、勝手に・・・』てなことが殆どで、なかなかうまくいかないと、いろいろ考えてしまい、ドツボにハマる・・・

狙ってできることと、狙ってはできないことに生命を扱う難しさと面白さがあります。

あれくらい喜んでもらったときは、自分も素直に共感したいのですが、治療者としてというか性格がねじれているので、ポーカーフェースを気取ってしまう自分が寂しいもんです。。

良い状態になるとそれを維持したくなるものですが、自分自身も治療を受けてそう思った瞬間に消え失せてしまう覚えがあるので、難しいものなのです。

でも、体が忘れてしまう訳ではないので、心配せずにいてもらえればなと思います。
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by karada-otaku | 2010-01-21 20:42 | 治療雑感

方向性


勉強をすることは大切なのは確かなのですが、ただただ知識として何かを覚えるだけでは臨床的には意味をなしません。

鍼灸学校でも最低限の基礎医学や臨床医学総論/各論はあったのですが、それが臨床(実際の患者さんの呈する症状の改善)に繋がるような面白さを感じたことは残念ながら私はありませんでした。

『肝臓の機能は炭水化物や脂質,タンパク質の代謝をして、アルブミンやブドウ糖を合成して、解毒作用があって、、、、』

『インピンジメント症候群は20〜40歳に主に発症し、腕を挙上するスポーツに・・・』

でっ??

ってゆう。。。

そう言った本当に知識として記憶する作業。。。

学校は国家試験に受かることを前提とした内容を教えるのが主なので、仕方ないですし、そう言った基礎知識があるのは最低限のことだと分かっていますし、患者さんに対して説明することは大切なことです。
また疾病の一般的な過程を知っていることや症状の生理学を理解していることは特に慢性化したものの治療を続けることの大きな助けになるのは確かですが目の前の患者さんの訴えに対してその知識が活かされるためには「何か」が欠如しています。

その、

「何か」は臨床の場で見つけるしか無いのだ』

と、言ってしまえばそれまでですし、もともと学問は細分化する過程であり、臨床はあらゆることの統合なわけですから、ベクトルとしては逆のことなのです。。だからこそ、矛盾を感じることは至極当然なわけです。。。

学者さんならその細分化を徹底して突き詰めていけば良いのですが、臨床家としてはそうはいきません。

色々な視点はありますが、西洋医学にせよ東洋医学にせよオステオパシー、整体にせよ医療と言うのはというのは徹底的に実利主義であり、動けない人を動けるように、痛みに苦しむ人から痛みを取り去ろう、さらには家畜の生産をもっと高めようとする、先ず「行い」があり、その後にそれをまとめて医学が生まれていったと思います。

そのように学問とは基本的に後付けで生まれていくので、徹底して臨床家として患者さんと向きあい、その場その場で即興的に治療を行い突き詰めていくことも真理なのだと思います。


とは言うものの、それは大変に自信が必要なことで、時として非常に不安を覚えることがあるのも事実です。

改善に向かっていた方が急に悪化してしまった時などは、音を立ててその自信なのど崩れそうになるときがあります。。

数ヶ月、年単位で症状を抱えて来た方等をみさせていただいているとよくあることで、数回の治療で驚く程改善に向かったかと思うと、ガクッと症状が戻ってしまうことがあります。

患者さんも不安にかられますし、こちらも非常にショックといいますか動揺してしまう。

その時の動揺が患者さんに伝わってしまうことはかなりまずいことで、それで治療が中断してしまう場合があります。

自身の手に負えない問題もあるでしょうし、その場合に他の医療機関や手立て(手術等)を紹介すべきこともありますが、私のところのような代替医療に来られる方はそういった手立てでは改善しなかったり、あるいはそれをできるだけ避けたい方が来られる場合が殆どです。

ですので、いかにそのような危機を乗り越えるか?が、非常に重要となります。

慢性の症状を抱えたかたが改善傾向にあったのに、急にぶり返した時、目の前や電話口で落胆や泣きわめかれた時に治療師としての振る舞いと言いますか、立ち位置も非常に重要なことで、そこを乗り越えるとうまくまた改善の方向性が見つかったり、導けたりするものです。

そのような方や手術を勧められていたりする難しい症例の方をみさせていただいる時、

「この人が良くなれば、何か自分も壁を越えられるのでは?」

等と思うのですが、過ぎ行くとまた難しい方が来られて、

「はてさて、あのとき得たように思った自信はどこへやら〜」

となることもあり、、、

それはそれとして、
各々違うものとして新たな気持ちであたるしかないのだと思う今日この頃であります。。。


あれ?

また、書きたかったことと違う方に行っちゃいましたが、、、

え〜と、勉強の方向性について書きたかったのだ。。。

以前書いたエッセンシャルクラシカルオステオパシーを丹念に読み解く作業を中心にしているのですが、ここにはその「何か」により近い物が書かれています。

臨床と学問を結ぶヒント・・・

ただただ、記述を記憶するのではなく、臨床にできるだけ関連づけて考えること。。。

人体の構造をただ解剖学的に読み解くのではなく、

「その構造は何故その構造である必要があるのか?」

「その構造は何を一番保護するためなのか?」

「我々の行う物理的な治療が生体でどのような生理学的な反応に変換されるのか?」

まさにApplied Anatomy/physiologyな学問であり、臨床家に取っての勉強の方向性を示してくれていると思います。

とは言え、自分1人ではこの本にあたっていても(私には)矛盾するような文脈があったりして、大変難しい・・・

手技の練習はサブにしてメインでこのエッセンシャルCOを毎回毎回課題を出し合って決めて、(例えば「浮腫」とか「痛み」であったり、「症例検討」であったり、スティル先生やリトルジョン先生の格言など)それを解剖学的、生理学的に読み解く勉強会をしていこうと思います。。。

「三人(以上)寄れば文殊の知恵」

と言いますし、少なくなってしまった(涙)「クラシカルな学友」を大切にはじめて行きたいと思います。

折角、関西にも種を蒔いていただいたので、細々と絶やさぬように・・・ね。。。


で、上の戯言につなげると、やっぱり難しい症例にぶちあたった時にはこう言った「何か」のヒントが詰まった「生きた学問」が役に立つと思うと言うことが言いたかったのですわね。。。
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by karada-otaku | 2009-11-27 15:36 | お勉強

恐ろしいもんだ。。。


紹介で来られた、喘息発症の小学生の男の子。

見た瞬間に、

【なんじゃこりゃ?】

な、全身ガチガチ状態。

「う〜ん。。。」

と首かしげて、

「噛み合わせいじってますか?」

と、お母さんに聞くと、

『歯の生えるスペース作るのと姿勢改善のために矯正中です』

とのこと。

「肩凝るでしょ?頭痛もあるよね?」

と聞くと、

『うん、凝る』

小学生で肩こりなんておかしいけど、最近は多いんですよね。。。
でもここまでのは稀。


治療するも、何だか弾き返され効果が出ているようには思えず・・・

「矯正しばらくやめて様子見ていただく事できますか?」

と聞くと、

『後半年くらいなんで・・・』

と、のこと。。。

「噛み合わせいじる前は肩とか凝らなかったでしょ?喘息も」

『そう言われれば、確かにそうなんですけど、、、姿勢も悪かったのがだいぶマシになってきましたし、もう半年続けて、後半年だけですし、しながら治療してもらえないですか?』

「半年後にもっと酷くなってて、うちにこられても知りませんよ」

と、きついようですが、自分じゃ無理なもんでそう言って先日帰っていただきました。


で、2週間して再来院されたのですが、その間いろいろ考えて、矯正は止めてみたとの事。

立位の状態もだいぶマシ、前回は横向いてうつ伏せにも慣れない程ガチガチだった首もだいぶいい感じ。

治療開始して、スーッと眠りに入る。。。

(生命の流れが本当に塞き止められていたんだなぁ・・・)

と、ゾッとしつつも、子供の適応の早さに驚かされます。

全ての歯科矯正が悪い訳ではないのだとは思いますし、否定できるだけの噛み合わせに対する知識も有している訳ではないので、なんとも言えないんですが、やっぱりある程度は自然が良いんだと思ってしまいますね。。。

姿勢(全身)を診て、その上で交合を調整されている歯科の先生でも、どうしても、

>全身

な、ベクトルなんですよねぇ〜。。

むずかしいもんです、、、015.gif
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by karada-otaku | 2009-07-24 19:31 | 治療雑感

発声。


うちには音楽関係の方が何人か来られているのですが、先日はオペラ(?)をされている方がそちらの関係のご紹介で来られました。

身体関係や音楽関係をされている方はやはり、カラダとの関わり合いが普通の方よりも密というか、職業なので当たり前なのですが、繊細です。

この方も非常に面白く、

「この音域を出すときは、右の親指に・・・この時はこっちがキューって・・・」

音域によって体の中で力む場所や、軸感や捻れを感じるそうなのです。
特に調子の悪いときは顕著だそうで、最近スランプに入っているそうで、どうにかしてほしいと来られました。

困った事と言うか、この方AT,FK,SIと言ったあらゆるボディーワークや治療を受けてこられているようで、私も知っている療法やセラピストの名前を挙げられ、治療前から冷や汗・・・042.gif

しかも自分自身でも明確に捉えられている問題を解決したいと来られている。。。

漠然としたものよりも、楽と言えば楽なのですが、結果が出せなければ、まるまる私の技量や経験の問題・・・

とは言え、来ていただいた限りはと、、、

アレキサンダーの知識も私よりもあるので、コーチング的なものをしても意味がないと思い、あくまでも徒手的に問題を探していくことに。。。

立位のまま胸郭に手を当てながら呼吸の状態や隔膜の連動性を見たり、発声していただきながら自身が感じられている違和感を探ってみたり、話しながらすすめていく・・・

発声時の身体パターンを消すと言うか、馴染ませるようにしたり、また立って発声していただき確認・・・

以前習った、繊細で感覚的なテクニックもクライアントさんが感受していただけて、漸く出来たと言うか、自信になるものだと改めて感じますね。

自分がシックリと来ていても、相手は『??』ダッタリすると・・・007.gif

要はまっすぐおしりの穴から頭までちゃんと芯が通る感覚で行っただけですが、最終的には非常に感嘆していただき、私としもとても良い勉強になりました。。。

近所迷惑になるくらい声だしていただきましたね(笑)


こう言う方を見させていただくと、治療と言うよりもセッションと言った方がしっくり来ます。
一緒に作り上げていくような感覚が楽しく、やりがいを感じる反面、少しばかり疲れますね。。。
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by karada-otaku | 2009-06-15 09:20 | つれづれ

難しいなぁ。。


前回の記事ですが、「感覚系の治療」と一言で言ってしまっても、求心路/遠心路的な神経生理学的な説明は講義で習っているのですが、私の理解が浅い事や臨床上経験する治療師側の感覚との乖離があように感じます。

基本的には術者は患者に刺激を入れるわけですが、呼吸療法やクラニアルバイオダイナミクス(資料しか読んでいませんが、、、)のようにごくごく触れるようなタッチと言うのはまさに「感覚の入力または共有」とか言ってしまった方がしっくりとくるように感じます。

触れているのですから、刺激と言えますし、皮膚表面に触れなくても温度感覚などの受容器は反応しますし、術者というか人の存在そのものが刺激と言えば刺激ですし、、、
この辺を考えながら、私が文字にしていこうとすれば、矛盾だらけになってしまうように思います。
「足趾の捻れを正す」とか言ってしまえば、構造的なアプローチですし、呼吸療法やバイオ的にしても、体液の力動やエネルギー的なモデルで構造が変化していると言えますし、それによって、感覚にも変化が生じて、身体を取り巻く環境の捉え方(アフォーダンス)も変わると言う訳で、、、

以前の資料を読み返したりしながら、自分の中でしっくりくるまでやらないとですが、勉強もやりだすと切りがないものです。。。

ポール・ヴァレリーと言う人が100年程前に、

「人と人は指先が触れただけですべてを理解することができる、、」

と、言っていたとか読んだのですが、何だかそう言われるだけの方がしっくり来ちゃいますね。。。
100年前でそれだけ人の感性や感覚が違い、常識も違う訳ですね。

ま、エネルギー医学やニューサイエンスでは科学的に(まこの科学的にも色々あるとは思うのですが、、、)研究され、説明されだして入るようですが、、、
とは言え、基礎的な生理学の知識もまだまだですので、、、(汗)
感覚生理学復刊しないかなぁ〜。
これさえ手に入れば3部全部揃うんですが。。。


さて、英語の勉強の為、本を一冊翻訳しようかと考えているのですが、恐らく、半年くらいかかりそうなので、どの洋書を翻訳すべきか迷うところです。。。

図付きのテクニック系の洋書を翻訳する意味はないし、かと言ってDr.Stillの哲学も難しいし、、、

Osteopathy: Models for Diagnosis, Treatment and Practice
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あたりの概要的な書物からやるか、以前の名古屋での朗読会(笑)Be Still and Knowのような体験談的な内容からやろうか、、、と、、

クラシカルオステオパシーの書籍はamazonでは手に入りそうにないし、、、なぁ〜。。。

ウォールドマンD.O.の噂のDVDは英語のままで頑張ろうかなと。。。
あ、ダイジェスト発見しました。

ダラダラと、、、
アフェリエイトのようですが、やってませんよ(笑)

暇だなぁ〜土曜日なのに。。。
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by karada-otaku | 2009-04-25 19:28 | つれづれ

感覚系の治療。

「何を今更」なんですが、、、

最近、ダンサーや骨折後外傷、腰椎ヘルニア手術後の方を立て続けに見させていただいたき、両下肢、足底の左右差や両足趾の捻れを解消するだけで、大きく症状を改善することで、漸くこの「感覚系」を治療する意味が実感として分かりだして来たように思います。

ダンサーの方々はさすがに身体感覚が良いせいか、両足底の左右差、下肢隔膜の同調であったり、呼吸運動の左右差を均等にしているだけなのですが、行ったあとに立っていただくだけで、感嘆の声をあげられます。

「何をされたんですか!?!?」と、、驚かれると、やった本人もここまで感覚が変わったのを実感していただけると、微妙な治療を行っているだけに、自信に繋がるものです。

下肢の骨折やヘルニアによって、代償や疼痛回避姿勢を取られていると、当然下肢の左右差や水平面上の重心線に大きな左右差が生じます。
骨折当初は構造上の脆弱さを補う為だったものも、時間が経つにつれその姿勢自体が痛みの原因になってきます。
骨折自体、整形外科学的に治っていても、そう言った感覚にずれが生じているともとの姿勢を取ることができない。
オステオパシー的には骨膜の不全を正す事も重視しますが、左右均等な感覚を戻してあげる事も重要です。

構造を正すばかりを重視していても、患者さんの実感として変化を出さないと、その先に繋がっていかない事も多く、難しいものです。

自身が感じている感覚である左右差の解消(隔膜、呼吸、軸感)が相手も同様に認識していただけると、やってる側としてもファンタスティックなものなんだなと、、、
教えていただいて、頭で理解していてもやはり臨床で結果がて、実感として本当の意味で理解していなかったのだと、本当に今更ながら・・・(汗)

上記の経験で、思い出したのですが、4、5年前にアレキサンダーテクニークの先生にレッスンをしていただいていたのですが、まさにあれは感覚系に対してのアプローチでした。

私が受けていた先生が天才的な人だったのかもしれませんが、見ただけで手足の捻れや空間認識の歪みを言い当てられ、それを極軽いタッチと言葉(認知)で変化させられました。

またまた今更ながら、何をされていたのかが分かり、驚いております。

足趾の捻れ〜距腿関節の捻れが大腰筋〜大隔膜を通じて頭蓋にまで影響を与えいるいうことも、実感できてこそ、本当に分かったと言う感覚に繋がる。。。
実感として分かれば、患者さんが変化するのは至極当然なんですが、、、疑い深いと言いますか、自身の感覚に自信がないのか、良くなったと言われても何だか納得できないでいました・・・

昔、大和整体で足趾の調整を習いましたが、今更ながら教えられた意味を理解できるようになったと思います。

身体のイメージがない、曖昧な為に部分としてのテクニックに終わっていたのですね。。

足趾から全身を変えることができるのですから、当然、逆も然りと考え、ルーチンの中にどうにか溶込ませようと午前中は施術に当たりました。
ルーチン後に足底面の接地感覚が変わるのは重力線が変化するのですから当たり前なのですが、大腰筋〜下肢の捻れ〜足底面への軸感を意識して調整するだけで、効果や実感に違いがあるのではないかと・・・ま、この辺は自己満足なんですが、こう言った自己満足こそ治療の面白さだとも思うので、密かに楽しんでおります。。。


動作の感覚が、姿形...構造として、現れている。

考えてみれば、当たり前のことなのですが、、、

教えていただいて何年、何ヶ月も経って漸くその意味の端っこを実感できている始末です。。。

本来、感覚を伝えると言う事は無理なことなのですが、それをされるってのは凄い事です。
でも、その伝えていただいた感覚を自身の中で実感するのは各自の努力次第・・・

教えていただいている先生方の偉大さと気の長さに感謝せねば、、、040.gif
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by karada-otaku | 2009-04-24 14:15 | つれづれ